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「自分をどう出すか、探っている」。ブラインドサッカー日本代表12年目の”献身男”カトケンのジレンマ

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壁際で日向賢と争う加藤健人(右)

日本ブラインドサッカー協会は5日、ブラインドサッカー国際大会「ワールドグランプリ2019」(3月19日開幕)の日本代表10人を発表し、「カトケン」のあだ名で親しまれるFP加藤健人も順当に選ばれた。2007年以来、日本代表に選ばれ続けている加藤は危機感を抱き、ジレンマに陥っている。

「人にはそれぞれ役割があると思ってます。その中で自分をどう出していくか、探りながらやっている感じです。今の(チームの)プレースタイルの中で自分がずっと選ばれるとは思っていません。僕の場合は(中盤で)どれだけ拾って、繋げられるか。そのためにボールを持って前進すべきか、パスを出すべきかの認知、判断をもっと高めたいと思っています」

 チームのために力になることを最優先したい。こう考える加藤の献身性は、組織にとっては助かる存在だ。GK以外ならどのポジションもこなすことができ、途中出場であれば誰とでも交代できる。ピッチを離れた普及イベントでは必ずと言っていいほど、この男の存在がある。ただ加藤自身の個性は少し、薄らいでいる。つい2年ほど前までは、類まれなシュート力でストライカーのFP黒田智成の存在を脅かすほどの力を見せていたが、最近は成長著しい田中章仁らの台頭によって先発を外れ、途中出場が多くなった。限られた時間の中でチームのために何ができるかに思いを砕くあまり、得意のシュート力を生かせない歯がゆさと戦っている。日本代表・高田敏志監督が解説する。

「彼(加藤)がやっているアンカーのポジションは求められることが多い。考えながら、悩みながらやっているんではないかなと思います。おととし(2017年)、イングランド遠征のとき、黒田がいても抜群に輝きを見せてシュートも決めた。今は配球に意識が行きすぎて自分のよさが少し消えてしまっている。大胆さを取り戻してくれれば……。(加藤は)一発決めるシュートは本当にうまいんでね。期待しています」

 2017年8月のイングランド遠征では計6試合行い、イングランド代表とは2試合戦った。1-2と敗れた第2戦で唯一ゴールを決めたのが加藤だった。チームのバランスを整えつつ、その時に見せた大胆さと輝きを取り戻してほしい。高田監督以上に、加藤がそれを求めてもがいている。

加藤(右端)は昨年10月、品川区で行われた東京五輪PRイベントに参加。この後、試合が控えていた

 小学校3年生でサッカーをはじめたときは晴眼者だった加藤は将来、Jリーガーになることを夢見ていた。進学した福島・聖光学院には先輩にJリーガーもいて、夢に向かって一歩ずつ近づいていた手ごたえがあった。しかし、そこで悪夢に襲われる。遺伝性のレーベル病によって徐々に視力を失い、夢への道も見えなくなってしまった。

「サッカーは高校1年ぐらいまでしかできず、スポーツ云々というより、家にこもることが多くなってしまいました」

 希望を失った加藤は一時期、自分のことを「必要ない人間」とまで明かすほど追い詰めたが、筑波技術大学に進学後、両親がたまたまブラインドサッカーを見つけてきて、加藤にすすめ、日本代表のエース川村怜らが所属するAVAZAREつくばの前身「つくばアスティカーズ」の練習を見学したことを機に競技をはじめた。

「両親が見つけてくれなかったら、きっとやっていなかったと思います」

 ブラインドサッカーによって生きる希望を取り戻した加藤は、時には自ら手を挙げてまで普及イベントに積極的に参加し、競技の魅力をアピールし続けている。見えることの有難さ、見えなくなることの恐怖心の両方を知っているがゆえに、いつも根底には「障がいのある人にとって生きがいや希望につながる情報を発信したい」との想いがある。

 日本代表に残れた場合の抱負を聞くと、こんな答えが返ってきた。  

「誰と交換してもいいように準備したいです。自分が点を取れればいいですが、まずは(チームが)攻撃へのきっかけをつかめれば。そこでチャンスをつかめば、(チームも自分も)バリエーションが増えると思いますから」

 まだ迷いから抜けられていないのか、どこか控えめだ。ただチームの勝利につながるゴールが決めれば、トンネルの出口は見えるはず。19日開幕のワールドグランプリは、カトケンの心の霧を振り払うための正念場の戦いとなる。

▼日本代表メンバー
GK佐藤大介(たまハッサーズ)
GK高橋太郎(ラッキーストライカーズ福岡)
FP川村怜(Avanzareつくば)
FP黒田智成(たまハッサーズ)
FP田中章仁(たまハッサーズ)
FP日向賢(たまハッサーズ)
FP加藤健人(埼玉T.Wings)
FP佐々木ロベルト泉(Vivanzareつくば)
FP寺西一(松戸・乃木坂ユナイテッド)
FP佐々木康裕(松戸・乃木坂ユナイテッド)

(取材・文 林健太郎)

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