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アジア杯“台風の目”ヨルダン指揮官、歴史的決勝前の批判質問に「耳を傾けるつもりはない」森保J戦の1-6大敗、レジェンドFW追放を経て初優勝なるか

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前日会見に臨んだフセイン・アムータ監督

 ヨルダン代表は10日、同国史上初のアジアカップ決勝戦で、開催国かつ前回王者のカタール代表と対戦する。過去の決勝トーナメントでは1勝もしたことがなく、大会前の優勝予想でもほとんど名前の挙がらなかったダークホースによる快進撃。大会前は大きな批判に晒されていたモロッコ出身の指揮官は、決戦を前に「この結果はチーム全員の協力と努力のおかげだ」と胸を張った。

 昨年の国際Aマッチで2勝2分6敗に終わっていたヨルダンは大会直前の1月9日にも、完全非公開の親善試合で日本代表に1-6の大敗。直前の5日にはカタールに2-1で勝利していたものの、その前には昨年12月28日に敵地で行ったレバノン戦にも1-2の敗北を喫しており、決して良い形で大会に入ったわけではなかった。

 実際、日本との試合前には日本側の一部ウォーミングアップが日本の報道陣に公開されていたが、隣のピッチでヨルダンの練習が始まろうとするやいなや、ヨルダンのチームスタッフが凄まじい剣幕で日本の報道陣に接近。早く練習場を出ていくよう激しく要求してきた。その後の試合内容は両国の合意で深く明かされることはなかったが、ピリピリムードは明らかに感じ取れた。

 しかし、大会が始まってからのヨルダンは一転、高いパフォーマンスを見せてきた。初戦でマレーシアに4-0の大勝を挙げると、第2戦では韓国相手に終盤までリードする奮闘を披露。最後は後半アディショナルタイムの失点で2-2と追いつかれたものの、この時点でグループリーグ突破が決定的となった。

 その後、他グループの結果により突破条件が揃ったことで、最終戦のバーレーン戦は累積警告の可能性があった主力を温存。0-1で敗れたことでグループ3位での通過となったが、決勝トーナメント初戦にあたるラウンド16で想定されていた日本戦、サウジアラビア戦という優勝候補との戦いを避けられた。

 ラウンド16では同じアラブ圏のイラクに苦戦を強いられたが、相手エースのFWアイメン・フセインが勝ち越しゴールパフォーマンスの際に2度目の警告で退場処分を受けたことで、そこから猛反撃に成功。後半アディショナルタイムの2ゴールで劇的な勝ち上がりを果たした。ヨルダンにとって、この勝利はアジア杯決勝トーナメントで挙げた史上初めての白星となった。

 イラク戦の終盤には、出場機会がなかったFWハムザ・アルダラドールが指揮官を含むコーチングスタッフと試合中に衝突し、一発退場処分を下されるというトラブルも起きたが、AFC(アジアサッカー連盟)から3試合の出場停止に処されたこともあり、チームは追放を決断。ヨルダン連盟は「規律に違反したため」と説明したのみだったが、同国代表通算35ゴールのレジェンドを切り捨てることも辞さない決断だった。

 重い決断を乗り越えたチームはさらに団結力を増し、その後も快進撃を継続。準々決勝では同じく勢いに乗っていたタジキスタンに拮抗した試合に持ち込まれ、オウンゴールによる1点で辛くも勝ち切る形となったが、続く準決勝の韓国戦では圧巻の試合運びを展開した。

 ボール支配率は30%にとどまったものの、5-4-1で構える強固な守備でFWソン・フンミン、MFイ・ガンインら豪華な韓国のアタッカー陣を完封。攻撃ではフランス・モンペリエ所属で唯一の欧州組にあたるFWムサ・アルタマリ、最前線で推進力のあるFWヤザン・アル・ナイマトを中心とするカウンターが機能し、2-0で快勝を収めた。

 試合後、モロッコ出身のフセイン・アムータ監督は勝因として「我々は相手を必要以上にリスペクトすべきではない。タフな相手と対戦しているわけだが、適切なリスペクトができればいい」と自信をアピール。「韓国は今大会で8失点していた。彼らを相手に得点することは可能だと分かっていたので、それを活かしてプレーすることができた」と胸を張った。

 過去のアジア杯では、2004年の初出場時に8強進出したが、準々決勝に日本でPK負け。2度目の出場となった11年もグループリーグ初戦で日本に引き分けた勢いを保って8強に進んだが、いずれもノックアウトステージ初戦にあたる準々決勝に敗れていた。現行24チーム制となった前回大会もラウンド16でベトナムにPK戦負けし、16強にとどまっており、ノックアウトステージ初勝利からの進出は大きく道を切り開く歴史的快挙となった。

 その中心にはフランスのリーグ・アンで実績を重ね、世界のトップレベルを知るアルタマリの存在があった。指揮官は韓国戦後、強豪を破った手応えを糧に「いまはフランスにアルマタリがいるが、今後数年のうちに日本や韓国と同様、フランスやイングランド・プレミアリーグなどに4、5人のヨルダン人選手がいること。これが我々の目標であるべきだ」と力説。「世界最高峰のリーグでプレーする選手をいかに輩出できるかが、ヨルダンサッカー界の計画の重要な要素である」と展望を述べていた。

 一方、現地記者の反応を見る限り、指揮官の評価はそれほど高いわけではない。決勝を前にした公式会見ではバーレーンの記者から「選手たちの闘争心や士気がヨルダンをこのレベルに導いているが、監督の戦術はシンプルなように見えるという批評がある。まだ何かをポケットの中に隠しているのか?秘密兵器はあるのか?もっと選手たちにやる気を出させるためにできることはあるのか?」という皮肉的な質問も向けられた。

 これに対して指揮官は「フィジカル面、メンタル面、技術面、心理面、あらゆる準備をするし、明日ホイッスルが吹かれる瞬間への準備をし、その批判に応えられれば」と冷静に答えつつも、「チームが敗れた場合、最初に犠牲になるのは監督であり、最初に責められるのは監督。しかしチームが勝った時には、彼らはチームの士気が勝利に導いたと言う。私の時間の99%において、彼らの批判に耳を傾けるつもりはない。監督としての自分に有益なことはないからだ。結果をもたらすため、自分がチームでやっていることだけを信じている」と厳しい表情で返答していた。

 もっとも選手たちは、間違いなく指揮官の戦術に手応えを感じているようだ。今大会5試合に出場し、韓国戦は累積警告で出場停止だった35歳のベテランDFサレム・アルアジャリンは「我々選手たちはキーパーから攻撃陣まで一つのシステムで取り組んでいる。全員が一つのユニットとして動いているんだ」と力説。これには指揮官も「選手たちは献身的で規律正しく動いている。彼らは士気だけでなく、ゲームプランに忠実に従っている」と信頼を強調していた。

 大会を通じて団結力を強め、自信を深めて臨む決戦の地は1年前のW杯決勝も行われた88000人収容のルサイル・スタジアム。アムータ監督は自身の母国で世界4位という躍進を遂げながらも、あと一歩で届かなかった大舞台に立つ。重圧のかかる一戦だが、立場はチャレンジャー。指揮官は「誰もが正しい方法で準備してくれると信じている。重圧をマネジメントするのも仕事の一部。我々のチームはできあがっているので、余計な重圧を感じることなくプレーできるだろう」と自信を見せた。

(取材・文 竹内達也)

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竹内達也
Text by 竹内達也

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