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山下良美主審「2人がいることが本当に心強い」世界屈指の日本人トリオが女子W杯史上初の大役へ

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手代木直美副審、山下良美主審、坊薗真琴副審(写真左から)

 20日に開幕を迎える女子ワールドカップのオーストラリア・ニュージーランド大会では、史上初めて日本人審判員トリオが開幕戦を担当することに決まった。山下良美主審、坊薗真琴副審にとっては前回2019年のフランス大会に続く2大会目、手代木直美副審にとっては15年カナダ大会以来3大会連続のW杯でついに託された大役。世界屈指の評価を受ける3人はこの4年間で積み重ねてきた豊富な経験も糧とし、女子サッカーの新時代を告げるビッグマッチに挑む。

 出発前の今月上旬に行われた合同記者会見では、山下主審がトリオで女子W杯に臨めることの喜びを率直な言葉で語っていた。

「2人がいることが本当に心強くて、一緒にフィールドに立つ時もそうだし、それ以外の時もそう。もちろんW杯に行くということもそう。3人で力を合わせられるということが私にとってすごく力になっています。2人はいいコメントもしてくれるので、今日(の会見)も頼りにしています(笑)。それはフィールド上でも一緒で、主審はリーダーシップを発揮しないといけないけど、私はあまりそういうタイプではないので、フィールド外でもフィールド上でもお2人に引っ張ってもらいながら審判ができるのでとても心強いです」

 山下主審は昨年末、史上初めて男子W杯審判員を任された女性の一人として、カタールW杯に参加。しかし、主要国際大会では一般的に同国籍または同言語の審判員がセットで割り当てられるのに対し、山下主審は日本から唯一の選出となった。その結果、第4の審判員として6試合を担当した一方、主審の割り当てはなし。今大会ではようやく久々に慣れ親しんだトリオで国際舞台に挑む形となる。

 山下主審、坊薗・手代木両副審は18年のU-17女子W杯を共に担当して以降、19年の女子W杯、21年の東京五輪など大きな国際大会を共に経験してきた間柄。また山下主審が審判活動を始めたのは、東京学芸大女子サッカー部の先輩である坊薗副審が誘ったことがきっかけという旧知の関係性だ。

 そうした構図はいまも変わらず、このトリオでは坊薗副審が「影の、裏のリーダー」を担っているという。もっとも坊薗副審は、そんな関係性も山下主審のパーソナリティあってのものだと強調する。

「すごく意志が強いというか、フィールド上でしっかり自分の判断、考えをもとに決断できるレフェリーで、それが山下さんの良さ。人に流されないで芯がしっかりしている。いろいろ言っても最後は自分で決めるという強さを持ったレフェリーなので、だからこそ私の考えをしっかり伝えられる。伝えたとおりにするわけではなく、しっかり取捨選択をしてくれるので、率直な意見やアドバイスを伝えられる。山下さんの真のリーダーシップあってこそのトリオだなと感じています」(坊薗副審)

▼数々の男子大会も経験
 3人は前回女子W杯が行われた19年以来の4年間、女子の国際大会だけでなく、男子の各種大会も幅広く経験してきた。

 19年5月にAFCカップで女性史上初めてアジアの男子国際大会を担当すると、昨年4月にはアジア最高峰のAFCチャンピオンズリーグも経験。今年4月にはJ1第10節の横浜FM対名古屋戦でJリーグ史上初の女性トリオ担当を任され、7月までにJ1・J2リーグ戦4試合をさばいてきた。

 山下主審は「基本的に男子、女子の違いはあまり感じていない」と話すが、1試合1試合の経験を積めたことに大きな意義があったようだ。男子大会の経験を踏まえて迎えられる女子W杯に向けて「男子の試合、女子の試合の違いではなく、一つ一つの試合の違いとして対応できるように今まで準備してこられていると信じている。それを表現したい」と意気込みを述べた。

 また山下主審は昨季から一足早くJリーグ公式戦の舞台を経験してきたが、その姿は坊薗・手代木両副審の刺激にもなっていたという。坊薗副審は「本当はたぶん注目を浴びたくない人だと思うけど、すごく注目をされて、一人で女性審判の未来、責任を全部背負っている感じだったので、少しでも肩の荷を軽くしたいというのがあった。今年から3人でできて、山下さんが一人で背負っていたものを3人で力を合わせて一緒にできたということがすごく嬉しかった」と心境を明かした。

 加えて副審の立場からは男女の違いも感じている様子。「男子の試合はスピード感はすごく違うと感じている。ボールの飛距離も、ワンタッチで飛ぶボールのスピードも、接触の速さも、パスの精度も違うと明らかに違うと実際に感じている。そういうところでも正しい予測ができると余裕を持って判定できるようになるので、スピード感を大切にしながら判定をしていくことで、女子サッカーでも利点を活かしながら対応できるようになっていると感じている」(手代木副審)、「女子の試合に入るとラインコントロールの緻密さをいつも感じている。縦のスピードというところでは男子のほうが速いけど、緻密な部分では繊細さがあるのか分からないが、女子の試合ではそういったところを細かく注意しないとラインがずれてしまったり、正しい判定ができなかったりするので、そういったところは気をつけてピッチに立たせてもらっている」(坊薗副審)。そうした感覚は国際舞台の判定にも活かされそうだ。

▼前回大会からのレベルアップ
 女子の国際大会を経験したことのある女性審判員は世界でも少なくないが、男子の国際大会や国内トップリーグまでたどり着いた女性審判員はそれほど多くない。3人はこの4年間で積んできた貴重な経験も糧に大舞台に挑む構えだ。

 手代木副審は「特にVARを使った試合は世界大会に行かないと経験ができない部分が大きかったが、この4年間で何度も経験させていただいて、研修会にも出させていただいた。すごく大きな経験になったと感じている。世界中から審判員が集まってくるが、VARのある試合を経験して、W杯に来る女性は多くはいないので、そういう部分では日本人3人は恵まれた環境でいい準備ができているんじゃないかと思っている」とVAR採用試合の経験に手応えを述べつつ、「自分たちも4年前とは違う準備ができているので、成長してきた部分を見せられたら」と意気込みを語った。

 また坊薗副審は「4年前も参加させていただいたが、ちょっと意気込みが気持ちが昂り過ぎてしまって、ちょっと準備し過ぎてしまったというか、個人的なことだがコンディション的にあまり良い状態で臨めず、いろんな人に迷惑をかけたという経験をしていた」と19年大会の反省点を振り返りつつ、「その経験は日々の準備に活かされている」と自信を口にする。その上で「無理をしないというと手を抜いているみたいだけど、そういうことではなく、自分の状態を深く知って、自分ができることをしっかりとやる。100%以上の力は出せないものだというのを実感したので、それを知った上で、淡々と気負い過ぎず、日々過ごしていく形で4年間過ごしてきて、この大会に臨めるので、緊張はあるけど、4年前の過緊張とはちょっと違うほどよい緊張感で3人で気負わずにやっていけるんじゃないかというふうに思っている」と前向きに話した。

 審判員にとって最も大きなミッションは円滑な試合進行。そのため、3人は大舞台を前にしても「審判員というのはあまり注目されるべきではない」(山下主審)、「選手が一番ストレスなく、試合にだけ集中できるような環境を提供するのが私たちの一番大事な役割」(手代木副審)、「1試合1試合アポイントがいただけたらそれに対して全力を尽くすだけ」(坊薗副審)といった冷静な姿勢は崩さない。

 とはいえW杯ともなれば、普段以上に大きな注目が集まる晴れ舞台。山下主審は今後の日本人審判員、とくに将来のトップレフェリーを志す女性審判員のためにも、道を切り拓いていく気概をのぞかせる。

「審判員はあまり注目されないほうがいい役割ではあると思うけど、でも『審判員もいるんだぞ』『審判員という役割もあるんだぞ』と。大好きなサッカーへの関わり方はいろいろあって、その一つとして審判員にも目を向けてもらいたいというのがある。それが特に日本サッカーの発展にもつながると思っている」(山下主審)

▼大会での目標は…
 FIFAは18日、山下主審と坊薗・手代木両副審が20日の開幕戦・ニュージーランド対ノルウェー戦を担当すると発表した。日本人審判員の女子W杯開幕戦担当は史上初。男子を含めても2014年の男子ブラジル大会で西村雄一主審、相樂亨副審、名木利幸副審がブラジル対クロアチア戦をさばいて以来の快挙となった。

 開幕戦の割り当てで世界屈指の評価を固めた一方、今回の女子W杯で3人がどのステージまで辿り着けるかは、試合でのパフォーマンスだけでなく、なでしこジャパン(日本女子代表)の結果次第となる。12年ぶりの世界一を狙うなでしこジャパンが上位に進んだ場合、同国籍の主審は関係する試合を担当できないというレギュレーションがあるからだ。

 そのため、目標設定は控えめになる。「少しでも長く現地に残って、一番はなでしこジャパンがトロフィーを掲げる姿を目の前で見ること。それを頭に描いてそれを目指して頑張りたいなと思います」(山下主審)、「1日でも長く、現地でW杯という舞台を経験できたらそれが本望。あとは山下良美さんという素晴らしいレフェリーが輝いている姿を私も見たいし、それを支える副審としてそんな姿が見られるように一緒にやっていきたい」(坊薗副審)、「アポイントいただけたらその試合で、自分にできる全ての力を出して取り組んでいきたい。それだけを考えています」(手代木副審)。共に女子サッカー界を支えてきた選手たちの活躍も祈りつつ、日本が誇る女性審判員トリオは世界に挑む。

(取材・文 竹内達也)
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