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「一番長い冬」へのリスタート。夏の日本一を経験した明秀日立が纏う自信と謙虚さの絶妙なバランス

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明秀日立高が夏冬連覇へのリスタートを逞しく切っている

[9.2 高円宮杯茨城1部リーグ第11節 明秀日立高 2-0 古河一高 石滝サッカー場]

 それは何気ないシーンだった。会場にいたチームの人数の関係で、メンバー入りしながらもボールパーソンを担当していた1年生のMF山下太一が、試合出場のためにベンチへ呼ばれ、その場所がポッカリ空いた。すると、そこに向かったのはいつも通り献身的に試合開始から後半25分まで走り切り、交代したばかりのFW熊崎瑛太(3年)だったのだ。

「『山下を使いたいな』と思った時に、ボールパーソンが1年生の3人だったので、『山下!』と呼んでから、『代わりをどうしようかな?』と思っていたら、もう熊崎がサッと『オレが行くよ』と言ったんです」と口にした伊藤真輝コーチは、続けて試合前の一幕についても教えてくれた。

「今日のウォーミングアップの時も、やっぱり暑いのでみんなすぐに水を飲みたいと思うんですけど、『ポゼッションやるよ』と言って水を取りに行ったタイミングでも、1年生はパーッと水に行きますけど、3年生の吉田(裕哉)、根岸(隼)、長谷川(幸蔵)とかが遠いところに散らばったボールをすぐに集めてきてくれて、試合に出ているヤツらがそういうことをできるのは、ウチの強みだなと感じましたね」。

 これが日本一を手繰り寄せたばかりのチームの、レギュラーの3年生が自然と起こした行動だということに、よりこのグループが持つ本質的な部分が垣間見える。夏の全国王者に輝いた明秀日立高(茨城)の日常は、どうやら良い意味で何も変わっていないようだ。


 2日。茨城県リーグ1部第11節。ここまで9勝1敗で首位を快走している明秀日立は、いつも練習に励んでいるグラウンドでもある“ホーム”の石滝サッカー場で、古河一高と対峙する。静岡学園高、青森山田高、桐光学園高と日本一経験校を次々と撃破し、全国の頂点に立ったインターハイの決勝以来となる公式戦だ。

「ちょっと硬かったですね。『上手にやれるかな』と自分たちに期待していた部分もありますし、相手がしたたかに来たというのもあったと思います」と萬場努監督が話したように、明秀日立は動きが重い。逆にモチベーション高くゲームに入った古河一は、前半3分と8分に決定機を創出。1つ目はシュートミスに助けられ、2つ目はGK重松陽(2年)のファインセーブとDF阿部巧実(2年)の好ブロックで凌いだものの、ホームチームはいきなり訪れた失点の危機を何とか回避する。

 この日の彼らはゲームキャプテンを務めているDF山本凌(3年)と、中盤の仕事人としてインターハイの優秀選手にも選出されているMF大原大和(3年)が不在。絶対的な守備の軸と言っていい2人の欠場に触れて、「いつもなら大原と山本がいるので、守備のことはそこまでいろいろ考えずに、前で自由に動けるんですけど、今日は自分が出てしまうと数的不利を作られてしまうと思ったので、あまり前に出ずに中央にいることを意識していました」と話したのはボランチのMF吉田裕哉(3年)。普段とは勝手の違う戦い方に、立ち上がりはなかなか歯車が噛み合わない。



 それでも、「こういう展開もあり得るだろうとみんな思っていたので、ある程度落ち着いてできていたと思います」とはこの日のキャプテンマークを巻いたFW石橋鞘(3年)。少しずつボールと人が動き始めると、先にスコアを動かしてみせたのは明秀日立だった。

 41分。左サイドを抜け出した石橋は、そのまま左足でフィニッシュ。GKも弾き切れなかったボールが、ゴールネットへ到達する。「山本がケガしたことで、自分が引っ張っていかないといけないなということは自覚していて、普段のトレーニングから誰よりも声を出して、誰よりもリーダーシップを持ってやってきたので、今日もどんな展開になっても自分がブレないようにと思ってやっていました」と語る“ゲームキャプテン”の先制弾。明秀日立が1点をリードして、前半の45分間は終了する。

 後半に入ると、ゲームの主導権は明秀日立がきっちり掌握。8分にはMF柴田健成(2年)の右クロスから吉田が、15分には左サイドを単騎で剥がしたMF益子峻輔(3年)が、さらに21分には右サイドを抜け出した石橋が相次いで決定機を迎えるものの、なかなか追加点には至らない。

 そんな展開の中で、さすがの一刺しを繰り出したのは、インターハイでも静岡学園と青森山田を沈める決勝点を挙げた、途中出場のナンバー10。27分。CKの流れからDF今野生斗(3年)が頭で折り返したボールへ、いち早く反応したFW根岸隼(3年)は巧みなボレーでゴールネットを揺らす。

 終わってみれば、スコアは2-0で白星奪取。「とりあえず内容は置いておいて、勝てたことは良かったと思います」(石橋)「山本がいない不安がチーム全体にあったと思うんですけど、その中でゼロで勝ち切れたことは大きかったと思います」(飯田朝陽)「どんな形でも勝ち切ろうということが今日の目標だったので、そこから行くと今日の目標は達成したかなと感じています」(伊藤コーチ)。もちろん一様に課題は挙げながらも、まずは勝利を手にした安堵感がチーム全体を包んでいた。

ベンチメンバーと勝利を喜ぶ萬場努監督



 この夏。彼らを取り巻く環境は間違いなく変化した。トレーニングマッチでも対戦相手は“日本一のチーム”という目線で相対してくる。「『おめでとう』と言ってくれる方が非常に多いことと、“向かっていくこと”と“向かってこられる”ことの違いの変化は感じてはいますし、今まで対等だったようなチームが『チャレンジャーだぞ』となった時の試合の戦い方の難しさも感じてきています」と萬場監督はその“肌感”を語る。

 それはサッカー面だけにとどまらない。「学校のみんなからも凄く祝福されましたし、祝勝会をやらせてもらった時には、知らない人から写真やサインを求められました」と戸惑い気味に話すのは石橋。DF飯田朝陽(3年)も「学校でも優勝報告会を全校生徒の前でやらせてもらって、その時に改めて『今回の優勝は自分たちだけで勝ち獲ったものではない』と実感しました」と口にするが、しばらくは“地元のヒーロー”の周囲が騒がしいであろうことは容易に想像できる。

 だからこそ、伊藤コーチの言葉が非常に興味深い。「僕もビックリするぐらい、『こんなに天狗にならないんだ』と思っています(笑)。そういうパーソナリティを備えている子が多くいる代ではあるなと思いながらも、正直凄く心配していました。『勝つことで人が変わったら……』とか思っていましたけど、『もっと、もっと』と練習を一生懸命やってくれているのが、僕にとってもありがたいですし、試合に出られなかった選手たちの模範にもなっているので、チームとしてはインターハイに勝ったことは凄く財産になっているなと。自信と謙虚さのバランスって大人でも難しいなと思うんですけど、その感覚が絶妙というか、謙遜し過ぎるわけでもないですし、それがかなりいいなと感じています」。

ピッチに視線を送る伊藤真輝コーチ


 トレーニングの雰囲気を問われ、「『本当に日本一を獲ったのかな?』というぐらいの雰囲気ですよ」と笑顔を見せた石橋も、「結果としてはインハイで優勝しましたけど、インハイの前に聖和学園と中央学院と試合をして、どちらにも負けていますし、今回は一発勝負の大会で勝ったというだけで、自分たちより強いチームがいっぱいいることはわかっているので、向上心をしっかり持っています」と続ける。そのあたりの空気感は、冒頭で紹介したようなシーンにもはっきりと滲んでいた。

 加えてチームを引き締めているのは、日本一の喜びと悔しい想いを同時に抱えたであろう選手たちの台頭だ。古河一戦にはここまでベンチスタートの多かった今野とMF斉藤生樹(3年)がスタメンで存在感を示した上に、インターハイでは20人の登録メンバーに入れなかったMF永田一輝(3年)とMF古館善(3年)が途中出場で好プレーを披露した。

「県大会はメンバー登録されたんですけど、インターハイの本選はメンバーから漏れてしまって、全国では勝っていくごとに嬉しい気持ちもあったんですけど、やっぱり自分がピッチに立っていない試合を見るのが、正直悔しい気持ちはありました。そういう悔しい想いを持った中でずっと練習してきて、今日試合に出ることができたというのは、あと1か月ちょっとで始まる選手権に向けて自信に繋がると思います」と素直な心境を明かした永田は、自身の立ち位置を覆そうと静かに意気込む。

「2年半一緒にやってきたみんなが全国優勝したことは凄いことなんですけど、自分としてはあまり遠い存在だとは思っていなくて、もう次の選手権に向けて自分がメンバーに絶対に入ってやるという想いが強いです。今のメンバーだけでこのまま選手権まで行ってしまうのは、あまり良い状況ではないと思うので、メンバーに入れずに悔しい想いをした人たちがもっと出てくれば、チームももっと良い方向に向かうと思います」。

 不動のボランチを務める吉田も、競争力の高まりをハッキリと感じている。「『冬はオレたちがやってやろう』という気持ちはみんなから感じますし、練習の雰囲気もインターハイ前より良いと自分は思っています。それによって伊藤先生も『どっちもいいけど、こっちを使おう』という“良い選手交代のカード”を切れると思うので、どんどん良い選手が出てきてほしいというのはありますね」。


 インターハイ県予選の準々決勝以降から試合時のチームの指揮を任され、日本一を経験した伊藤コーチは、とりわけ2年半を共にした3年生たちへの想いを、率直な言葉でこう口にする。

「勝負事なので、自分たちが力をちゃんと出し切っても、結果が付いてくるかはわからないとは思うんですけど、今の3年生は1年生のルーキーリーグからよく指導していた代なので、僕もコーチという立場でありながら、シンプルに思い入れがあります。短ければ1か月後に選手権が始まったタイミングでこのチームが終わってしまうこともある中で、僕とすればできるだけ長くこのチームでやりたいなという個人的な想いと、勝ち進むことが下級生に与える影響もあると思いますし、彼らも何も言わずとも一生懸命やってくれるので、少しでも勝てる確率が上がっていくように、僕自身も練習もそうですけど、ゲームでも相手を見て、選手たちに良いコーチングの声が掛けられればなと思っています」。

 その想いは、もちろん選手も同様だ。「それこそこの夏に一番長くサッカーをできたのは自分たちですし、冬も一番長くサッカーをやることを目標に掲げているんですけど、その冬に良い想いをするためにも、今回のインターハイで優勝したという自信と、どの試合も『負けちゃいけない』というプライドを持ちつつ、冬に向かってもう1回イチからの挑戦という意識で一生懸命戦って、長い冬にしたいと思います」(飯田)。

 一番長い夏を経験した男たちが切った、一番長い冬へのリスタート。自信と謙虚さを纏う明秀日立の新たな挑戦が、いつものグラウンドで幕を開けた。



(取材・文 土屋雅史)
土屋雅史
Text by 土屋雅史

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