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ボトムアップを支えた冷静沈着な名参謀。堀越MF吉荒開仁が目いっぱい楽しんだ国立競技場の45分間

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堀越高を支えた名参謀、MF吉荒開仁(3年=東京武蔵野シティFC U-15出身)

[1.6 選手権準決勝 近江高 3-1 堀越高 国立]

 本当にここが自分の目指してきた場所なのか、なかなか実感は湧かなかったけど、途中からはもう楽しむことに決めた。だって、ここは一生に一度立てるかどうかの大舞台。国立競技場のピッチなんだから。

「最初に入場した瞬間から雰囲気も今までとは全然違いましたし、ピッチの中での声掛けも全然聞こえなくて、そういった中でも周りは見えていたんですけど、もうこんな経験なんてできないから、とにかく楽しもうという想いが一番にありましたね。試合はうまくいかなかったですけど、全力で楽しむことはできたのかなと思います」。

 全国4強まで駆け上がってきた、ボトムアップ方式を採り入れている堀越高(東京A)の冷静沈着な名参謀。MF吉荒開仁(3年=東京武蔵野シティFC U-15出身)は聖地に立った45分間を、目いっぱい楽しんだのだ。


「もうロッカールームから違いました。西が丘も経験して、駒沢でも試合したんですけど、明らかに入場した瞬間の周りの見え方が違いましたね」。吉荒は自らが足を踏み入れた憧れの場所の印象を、こう話す。4つの勝利を力強く積み重ね、辿り着いた全国4強の舞台は国立競技場。日本でサッカーをする人ならば、誰もがそこに立ちたいと願う特別なスタジアムだ。

 だが、堀越の選手たちは会場の雰囲気と、近江高(滋賀)の勢いに飲み込まれていく。「前半は本当にうまくいかなくて、完全に相手にハメられた状態で、それでも打開できる技術が自分にあれば良かったんですけど、そこも相手の方が完全に上回っていました」。前半22分までに3失点。序盤で小さくないビハインドを突き付けられる。

 もうハーフタイムでの交代はわかっていたという。「前半の途中ぐらいから(中村)健太には『ちょっとこのままでは厳しい』ということと、後半から交代選手を出すことも言われたので、『もう前半でやり切ろう』と思っていました」(吉荒)。とにかくこれ以上の失点は避け、1点でも多く獲って仲間にバトンを繋ぐ。肚は決まった。

 それでも大きな流れは変えられず、前半は0-3のまま終了する。「3年間このボトムアップをやってきて、そこに信頼があるからこそ、今までやってきたからこそ納得しましたし、自分が交代しても良い選手が待っているので、そこは感情を出さずに、自分を代えたほうがいいという健太の判断を信頼しました」。吉荒は45分間での交代を静かに受け入れた。

 それでも、自分にはやることがある。リーダーの1人として、この苦境を打開しなくてはならない。「3点差でなかなか厳しい状況ではあったんですけど、守備のリスク管理というよりは、もう攻撃に出て、まずは1点獲ろうと。ベンチからできることは誰を交代するか、どうやって試合状況を進めていくかで、最後は自分の判断でシステムを3-4-1-2にしましたけど、それで流れは変わったのかなと思っています」。

 後半アディショナルタイム。堀越は意地のPKを獲得する。キャプテンのFW中村健太(3年)が確実にゴールネットを揺らすと、直後にタイムアップの笛が国立の空に吸い込まれる。「後悔はなかったですし、すべて出し切ったなと思いました」。憧れ続けたピッチは、やっぱり最高だった。


 選手主導のチーム作りに中心的な立場で参加したことで、自身の確かな成長も感じている。「一番成長したのは周りが見えるようになったことで、今までは『自分のパフォーマンスが良ければ、それでいい』という気持ちもあったんですけど、この高校に来て、チームの勝利のために何が必要なのかということを考えながら、プレーはもちろん、ピッチ外のところでも、私生活のところでも、周りを見て行動できるようには、このボトムアップを通じてできるようになったのかなとは思いますね」。

 入学直後は明らかに他とは違うチームの在り方に、不安を覚えたこともあったが、今ではこのやり方で3年間をやり切ったことが、大きな自信に変わっていった。「入った当初は本当にうまくいくのか不安だったんですけど、1年でも全国大会に出させてもらって、3年でもこういう結果を残せて、やってきたことは間違っていなかったですし、だからこそ結果を出せるということも今回は証明できたので、これから先もずっとこのやり方を堀越には続けてほしいです」。

 国立のピッチを経験したここからも、今まで同様に大好きなサッカーを楽しむ日々が待っている。「自分はプロを目指しているわけではないので、一番はサッカーを楽しんでいきたいです。この経験ができたのは当たり前のことではないですし、こういう大舞台でも良いプレーができる選手が、本当に良い選手だと思うので、この緊張感でやることはなかなかないかもしれないですけど、大学ではサッカーを全力で楽しんで、もっと良い選手になれるように頑張っていきたいと思います」。

 自分たちで考え、自分たちで戦い、自分たちで勝ち獲った全国4強という立派な称号。堀越が掲げるボトムアップ方式の中で、キャプテンを的確に支える名参謀として吉荒が担った役割は、自身が考えていた以上に大きなものだったに違いない。

(取材・文 土屋雅史)

●第102回全国高校サッカー選手権特集
土屋雅史
Text by 土屋雅史

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