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サッカー界騒然、GK山岸の土壇場V弾…山形の2014年ミラクル昇格はなぜ起きた? 奇跡につながるもう1つの“キセキ”

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大一番で歴史的ゴールを決めた山岸範宏氏(当時山形)

 2014年のJ1昇格プレーオフで主役を演じたのはモンテディオ山形だった。

 リーグ戦6位で挑んだ敵地ヤマハスタジアムでの準決勝の磐田戦。1-1で終われば敗退となる窮地で迎えた後半アディショナルタイム、CKの場面で攻め上がったGK山岸範宏が頭で決勝ゴールを決め、一躍時の人となった。GKによるヘディング弾は当時Jリーグ史上初。昇格が懸かった大一番、そして終了間際の時間帯というレア度もあり、サッカー界に与えたインパクトは大きかった。チームはその勢いで決勝の千葉戦も制し、4年ぶりのJ1復帰を達成。この奇跡の昇格劇はいかにして生まれたのか。ターニングポイントとなった試合とともに、山形の2014年シーズンを振り返る。

 このシーズンの山形は、JFL時代を知る石崎信弘監督を16年ぶりに招聘した。開幕からの基本フォーメーションは4-2-3-1。ハイプレス主体のサッカーで、過去2年連続の10位から巻き返しを図った。

 だが、前半戦は勝ち切れない試合が目立ち、連勝もないまま二桁順位の時期が続く。5月末には正守護神だったGK清水健太が長期離脱の負傷に見舞われ、6月に浦和からの期限付き移籍で山岸を緊急補強。シーズン終盤にヒーローとなる男が加入した後も、すぐにその効果が表れたわけではなかった。

 J2折り返し地点での成績は8勝7分6敗の8位。後半戦の序盤は3連敗を喫するなど黒星が先行し、第29節終了時点でプレーオフ圏内と6ポイント差の11位に沈んでいた。

 しかし、敵地で行われた第30節の水戸戦でシーズン最大の転機が訪れる。

 試合前にはアクシデントもあった。それまで出場停止を除いて全試合スタメンだったFWディエゴが負傷の影響により、一度先発メンバーに登録されながらも急きょ出場を回避することになる。

 大黒柱を欠いたチームは、キックオフ直後から水戸に押し込まれる苦しい展開。3-4-2-1の相手に対し、思うようにプレスがハマらなかった。ここで石崎監督が大きな決断を下す。前半途中に早くも交代カードを切り、システムを噛み合わせる形で4-2-3-1から3-4-2-1に変更したのだ。

 ちょうど水戸戦前の2試合でも、同じ3バックの相手に苦戦を強いられていた。第28節は最終的に2位で自動昇格する松本と対戦し、守備陣が耐えてスコアレスドロー。第29節は独走優勝した湘南に1-3と力の差を見せられた。

 さらにその湘南戦では主力センターバックのDF西河翔吾が負傷。この時期はDFイ・ジュヨンもU-23韓国代表に招集され、チームを離脱していた。4バックでの戦いに限界が見え始めていた中、追い打ちをかけるような厳しい台所事情。何かを変えるためには、ここしかなかった。

 山形は水戸戦でのシステム変更後、マークが明確になったことで守備が安定し、徐々に形成が逆転。終盤に1点をもぎ取り、1-0で3試合ぶりの白星をつかんだ。

 3-4-2-1に手応えを得たチームは、その4日後に敵地で天皇杯4回戦の鳥栖戦に臨む。石崎監督は新布陣を継続しつつ、過密日程を考慮して多くの控え組を起用。チャンスを与えられた選手たちが好パフォーマンスで応え、J1勢の鳥栖を延長戦の末に1-0で破った。この試合で新システムへの適応を見せてアピールしたDF山田拓巳、MFキム・ボムヨン、FW川西翔太、FW山崎雅人たちが、のちにポジションを勝ち取り、昇格までの快進撃を支えるキープレーヤーとなっていく。

 続く第31節の愛媛戦は鳥栖戦から再び中3日のアウェーゲームだった。石崎監督は先発メンバーの大部分を元に戻して戦ったが、ここで0-4の大敗を喫してしまう。シーズン最多失点となり、内容的にもワーストと言えるものだった。

 上昇ムードが本格化したのは、公式戦4試合ぶりにホームへ戻った第32節の京都戦だ。鳥栖戦で活躍したキム・ボムヨンが左ウイングバック、川西と山崎が2シャドーでスタメン入りし、以降は先発メンバーに定着。試合は川西のアシストから山崎が決めた先制ゴールを守り抜き、1-0の完封勝利となる。

 そこからの5試合を3勝1分1敗で駆け抜け、プレーオフを射程圏内にとらえると、第37節で立ちはだかったのは岡山だった。それまでの対戦成績で5戦全敗と苦手にしている相手とのアウェー戦だったが、立ち上がりに山崎、川西がゴールを重ね、終わってみれば4-1の快勝。シーズン初のリーグ戦連勝を飾ると同時に、初めてプレーオフ圏内の6位に浮上した。

 その岡山戦の4日前には、天皇杯準々決勝で北九州を1-0で下し、クラブ史上初のベスト4進出も果たしていた山形。公式戦3連勝と弾みをつけ、リーグ戦の残り5試合に挑んだ。

 第38節の横浜FC戦は序盤の退場者が響き、2-4で敗れる。一時7位に後退したものの、第39節の熊本戦は3-1で勝利。第40節の福岡戦も終盤の逆転劇で2-1と勝ち切り、6位に返り咲く。敵地に乗り込んだ第41節の磐田戦は会心のゲーム内容で2-0の完勝を飾り、3連勝を達成。ホームで迎えた最終節の東京V戦は1-2で落としたが、他会場の結果を受け、6位でのプレーオフ進出を決めた。

 このシーズンのプレーオフは、J1ライセンスを持たない北九州が5位に入ったことで3位千葉が決勝のみとなり、唯一の準決勝はヤマハスタジアムで行われる4位磐田と6位山形の対決。山形はこの大一番の4日前に、天皇杯準決勝が控えていた。

 くしくも相手はプレーオフ決勝で待つ千葉。ヤンマースタジアム長居で開催された一戦に山形が主力メンバーをつぎ込んだ一方で、千葉は選手を大幅に入れ替えて臨んだ。試合は山形が山崎、キム・ボムヨンのゴールで2度リードしながら追いつかれる展開となったが、最後は川西のアシストから山田がネットを揺らして3-2。再びクラブの歴史を塗り替え、初の決勝進出を果たした。

 この時期にチームの“キング”として躍動していた川西は、システム変更で最も恩恵を受けた選手と言っていい。

 大きな期待を背負ってG大阪から期限付き移籍しながら、加入当初は山形のチームカラーの中で自身の居場所を見つけられずにいた。それでも鳥栖戦の鬼気迫るハードワークで指揮官の信頼をつかみ、レギュラー獲得に成功。先発メンバー定着後は、秘めていた攻撃センスが一気に爆発する。

 前線のトライアングルは1トップにディエゴ、2シャドーに川西と山崎という並びだった。川西は動き出しに長ける山崎、ボールが収まるディエゴと流動的にポジションを入れ替えながらコンビネーションで中央を崩し、時には自らのシュートでゴールを撃ち抜く。さらに時間を生み出す抜群のボールキープから、タイミングよく両サイドに展開。運動量に優れ、クロスの精度も日に日に増していた右ウイングバックの山田、左のキム・ボムヨンの持ち味を存分に引き出した。

 守備では山崎やディエゴとともに前から激しくボールを追い回し、相手のパスコースを限定していく。その後ろで目を光らせるインターセプト職人、MF松岡亮輔のボール奪取から始まるショートカウンターは多くの得点チャンスを生み出した。

 また、松岡とダブルボランチを組むMF宮阪政樹は長短のパスで攻撃を操り、得意のプレースキックからも好機を演出。左サイドの名手だったベテランDF石川竜也は3バックの左で新境地を開拓し、右ではファイターのDF當間建文が対人守備で強さを見せる。そのバックラインを中央で統率したのはクレバーなDF石井秀典。ゴール前では山岸が強烈なリーダーシップでチームを引き締め、安定したシュートストップで最後の砦となる。

 川西を筆頭に、それぞれのポジションで選手たちが輝きを放ち、チームはシーズン佳境で絶頂期を迎えていた。

 そうして挑んだプレーオフ準決勝の磐田戦で、Jリーグ史に残るゲームを演じることになる。この試合では松岡がメンバー外となり、MFロメロ・フランクが第31節の愛媛戦以来となる先発復帰。同じヤマハスタジアムで行われた第41節の良いイメージを持って臨んだ山形は、前半26分にディエゴの相手GKへのプレッシャーから右サイドにボールが流れると、駆け上がった山田のワンタッチクロスをディエゴが頭で叩き込んで均衡を破る。

 ところがハーフタイム直前に同点ゴールを献上。後半12分にはディエゴが筋肉系のトラブルで交代を余儀なくされる。レギュレーションにより、1-1のまま終わればリーグ戦上位の磐田が決勝進出。追い込まれた山形は宮阪のワンボランチに変更し、交代で入ったFW中島裕希、MF伊東俊、FW萬代宏樹ら攻撃陣が前への圧力を強める。そしてアディショナルタイムに伊東が絶好機を阻まれた流れで右CKを獲得。前回の昇格も知る石川が左足でインスイングのクロスを送ると、ニアの山岸がヘディングで軌道を変えるようにして合わせたボールが逆のサイドネットに吸い込まれる。Jリーグ史に残る奇跡の決勝ゴールが生まれた瞬間だった。

 味の素スタジアムで開催された千葉との決勝はディエゴを負傷で欠いたが、前シーズンの大怪我から復活を果たしたFW林陵平が1トップで奮闘。試合はファイナル特有の堅い展開となった中、宮阪が前半37分の左CKで直接ゴールを狙い、相手守備陣の動揺を誘う。GKに弾かれたボールを自ら拾ってクロスを入れると、中央でマークを外した山崎がヘッドで押し込み、先制弾を挙げた。後半は山岸を中心に全員で体を張り、1点のリードを最後まで死守。引き分けも許されない2試合を総力戦で勝ち抜き、4年ぶりの昇格を果たしたのだった。

 約1週間後の天皇杯決勝は川西が契約上の理由で、キム・ボムヨンが累積警告で欠場したことも響き、3冠に王手をかけていたG大阪に1-3で力負けしたが、短期間のファイナル2連戦で経験した達成感と悔しさは、クラブの貴重な財産となっている。

 低迷していたシーズン中盤まで、この激動のクライマックスを誰も想像することはできなかったはずだ。山形は第30節のシステム変更をきっかけに、サブメンバーの台頭などさまざま要素が重なり、上昇気流に乗った。第29節までの成績は10勝9分10敗で勝率34.5%。新システムとなった第30節からはプレーオフ2試合を含め、10勝1分4敗で勝率が66.7%にまで上がっている。山岸の劇的ゴールと同様に、シーズン終盤で見せた追い上げもまた歴史に残るものだった。

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