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チームきってのムードメーカー。前橋育英MF眞玉橋宏亮が試合に出られない日々の中で考えたこと

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退場したチームメイトのユニフォームを掲げてPK戦を見守る前橋育英高MF眞玉橋宏亮(25番)(写真協力=高校サッカー年鑑)

[1.4 選手権準々決勝 前橋育英高 0-0(PK4-5)大津高 駒場]

 ピッチサイドで“9番”を掲げた。勝負のPK戦。試合中に退場処分を受け、ベンチで仲間のキックを見守ることのできないFW小池直矢(3年)のユニフォームだ。3年間をともに過ごしたチームメイトを信じ、願い続ける。その想いは無情にも通じなかったが、最後まで自分たちの代表として戦った仲間のことが、心から誇らしかった。

「本当に悔しいですね。『出してくれ!出してくれ!』ってずっと思っていたんですけど、自分は何もできなかったので。でも、みんなが頑張っていましたし、全員でやり切れたなと思うので、明日起きたら切り替えて、次に向かっていければいいなと思います」。

 前橋育英高(群馬)が誇るチームきってのムードメーカー。MF眞玉橋宏亮(3年=TOKYU sports system Reyes FC YOKOHAMA出身)が放ち続けたポジティブなエネルギーは、常にチームメイトを明るく照らし続けてきた。

 今シーズンがスタートした時に所属していたカテゴリーは、群馬県2部リーグを戦うCチームだった。少しずつ序列を上げて、インターハイのメンバーには滑り込んだものの、同様にBチームから“昇格”したMF堀川直人(3年)とFW山本颯太(3年)、さらに自分と同様にCチームから成り上がったDFポンセ尾森才旺(3年)がプレミアリーグで存在感を高めていく中、「自分だけ取り残されている感じがずっとあったんです」と本人も振り返るように、なかなか明確な結果を出せず、もどかしい時間が続く。

 選手権の登録メンバー入りを懸けたラストチャンスとも言うべき、Bチームが挑んだ12月中旬のプリンスリーグ関東2部参入戦の桐光学園高戦でも、眞玉橋はベンチスタート。だが、試合前のシュート練習でも、誰より一生懸命にボールを拾い、仲間を盛り上げる姿が印象的だった。

 1-1で迎えた後半42分。ようやくピッチへ投入された眞玉橋は、すぐさま大仕事をやってのける。アディショナルタイムに入った45+3分。左サイドを抜け出すと、カットインしながらGKとマーカーを華麗に抜き去り、右足一閃。ボールは鮮やかにゴールネットを揺らす。

「選手権のメンバーに残ることを考えたら、今日活躍するしかなかったので、みんなの気持ちがこもっていなかったわけではないですけど、それを超えるぐらい自分には気持ちがこもっていたかなって。短い時間でしたけど、もうやり切れたなって。ようやくゴールが決まったなって感じですね。時間も、タイミングも、点も、全部揃っていたと思いますし、出る前から絶対にヒーローになってやろうと思って試合に出たので、本当に気持ち良かったです」。

 なかなかAチームの試合には絡めず、悔しい想いをし続けてきた仲間たちと掴んだプリンス昇格という大きな勲章。みんなで撮った記念写真の中央では、決勝ゴールを挙げた眞玉橋が最高の笑顔を浮かべていた。

記念写真の中央でガッツポーズを見せる眞玉橋宏亮(20番)


 30人の登録メンバーに選ばれ、臨んだ高校最後の選手権。初戦の日章学園高(宮崎)戦ではベンチ外になったものの、2回戦の四国学院大香川西高(香川)戦ではサブとしてベンチに入ると、4点をリードしたラスト5分でいよいよ出番が回ってくる。

 投入から2分後。中央をドリブルで運んだ眞玉橋は、丁寧なラストパスを繰り出し、堀川のゴールをアシストしてみせる。「この前の桐光戦であのゴールを決めたから出してもらえたと思うので、自分で掴めたチャンスでしたし、夢の舞台に立てたことは本当に良い経験になりましたね。そこでアシストできたのもちゃんと練習してきた成果ですし、ゴールを決めたのがずっとサブで頑張ってきた堀川だったのも嬉しかったです」。

 言うまでもなく、眞玉橋も中学まではエリートと呼ばれる部類の選手。高校に入るまで、“球拾い”なんてやったことのないタイプだったという。だが、全国から猛者が集うこのチームで、今までに味わったことのないような立ち位置を突き付けられてきたからこそ、自分の中で新たな気付きがあった。

「小学校も、中学校も、基本試合に出ていたので、今みたいな立場になってみて、『こういう仕事もあったんだな』って気付けたことも大きかったですし、そういうことを経験していると、本当に試合に出た時の力になるなって。桐光戦もそうでしたけど、今回の香川西戦もそうで、本当に力になるんです。だから、そういう地道なことでもやっておけることは、全部やっておいた方がいいなって」。地道に、人知れず重ねた努力が、全国の舞台でも確かな結果で証明されたのだ。

 大津高(熊本)と対峙したこの日の準々決勝でも、ベンチから大声を張り上げ続けた。「雰囲気作りはこっちの仕事だと割り切ってやっているので、試合に出ているヤツらのメンタルは、疲労もあって上がったり下がったりするわけで、そこでオレらはいかに緩めるところは緩めて、締めるところは締められるかというところで、そこも楽しんでできました」。仲間のために、チームのために、今できることを、全力で。

 勝利には、あと一歩で届かなかった。ふと横を見ると、この試合に出場することの叶わなかった、ベンチメンバーの3年生が泣いている。「サブのヤツらの顔を見たら泣いちゃいました。この1年間はやっぱりサブのみんなが誰よりも我慢しながら、誰よりも頑張ってきたと思うので、サッカーを続けるにしろ、続けないにしろ、そこは人生として凄く大きな経験をこの3年間でできたかなと思います」。すぐに涙をこらえて、笑顔で仲間たちに声を掛けた。

「こんな悔しい想いをしたのは初めてですし、この気持ちは絶対に忘れないと思います。育英で学んだことはサッカー面でも生活面でも全部生かせるので、それを生かして、プロになるという夢を叶えるために、大学ではちゃんと自分が試合に出て、日本一になりたいと思います」。未来に想いを馳せた眞玉橋には、実はまだ“仕事”が残っている。

「ワールドカップの時には盛り上がり過ぎて、注意するのが大変でしたけど(笑)、基本的にはみんな言うことを聞いてくれましたし、みんなの協力があってやれたことなので、やっと荷が下りるところはありますね。でも、まだ1か月は寮生活があるので、それも楽しみつつ、後輩にも良い影響を与えられるように、ラスト1か月までやり切りたいと思います。まあ、みんながあってのオレなので(笑)」。

 前橋育英が誇るチームきってのムードメーカーであり、規律と調和を重んじる“寮長”。眞玉橋が最高の仲間と過ごす楽しい高校生活の時間は、もうちょっとだけ残されている。

(取材・文 土屋雅史)
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