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大阪から青森へと身を投じた6年間のラストゲームへ。PK失敗もチームメイトに救われた青森山田DF小林拓斗が狙うのは「決勝の主役」

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青森山田高不動の右サイドバック、DF小林拓斗(3年=青森山田中出身)

[1.6 選手権準決勝 市立船橋高 1-1(PK2-4)青森山田高 国立]

 5人目のPKがゴールネットを揺らし、決勝進出が決まった瞬間。その心の中には大きな安堵の気持ちと、チームメイトへの感謝が交錯する。

「自分がPKを外してしまったので、『不甲斐ないな』という気持ちはありましたけど、同時に『やっと決勝まで来れたな』という実感も湧いてきたので、本当に良かったかなと思います」。

 2年ぶりとなる冬の日本一を狙う青森山田高(青森)で、確かな存在感を放ってきた右サイドバック。DF小林拓斗(3年=青森山田中出身)がPK戦で味わった感情は、ジェットコースターのように揺れ動いた。


 準決勝の舞台は国立競技場。まだ1年生だった2年前には、先輩たちが躍動する姿を眺めることしかできなかった憧れのピッチへ、小林はプレミアリーグ王者のスタメンとして、力強く足を踏み入れていく。

 市立船橋高(千葉)と激突した試合は、前半11分に早くもセットプレーから青森山田が先制。以降も小林はシーズンを通じて連携を磨いてきた右センターバックのDF小泉佳絃(3年)と声を掛け合いながら、相手のチャンスの芽を1つずつ未然に潰していく。

「自分の武器は走力なので」と言い切る通り、右サイドをアップダウンし続ける献身的なプレーはもはやデフォルト。この日も機を見た攻撃参加と、堅実な守備対応で、1点差のシビアな展開の中でも、高い安定感を披露する。

 だが、事はそう簡単に運ばない。後半34分に失点を許すと、90分間で決着はつかず。ファイナルへの進出権は、青森山田にとって今大会2度目となるPK戦で争われることになった。

 キャプテンのDF山本虎(3年)やMF芝田玲(3年)、MF菅澤凱(3年)が強いリーダーシップを発揮してきた中で、「今年はキャプテンをできるヤツがたくさんいるんですよ。小林もそうですしね」と正木昌宣監督も口にしたように、ここまで明るい性格でチームを盛り上げてきた小林は、やはりPK戦までもつれ込んだ2回戦の飯塚高戦同様に、4人目のキッカーへ指名される。

 先攻の青森山田1人目のキックが成功すると、後攻の市立船橋1人目のキックは、GK鈴木将永(3年)が気合のストップ。2人目と3人目は双方がきっちり沈め、いよいよ背番号2に順番が回ってくる。

「相手のGKも『絶対に飯塚戦でも蹴ったところに飛んでくるな』とは思ったんですけど、直前に『ここで変えない方がいいんじゃないか』と考えてしまって……。『決めたところに蹴って外すんだったらしょうがない』という気持ちでは蹴ったんですけど、ボールスピードやコースには甘さが出たなと思います」。右スミを狙った小林のキックは、コースを読んでいた相手GKに弾き出されてしまう。

 一瞬頭が真っ白になったが、すぐに自分の元へ近付いてくる守護神に気付く。「将永には『大丈夫だから。オレが止めるから安心しろ』と言われました」。もちろん引きずらないわけはないけれど、いつものキャラクターを思い直して、必死にメンタルを立て直す。

「『自分が落ち込んでいたらチームにも悪影響しかない』と思ったので、下を向かずに戻りました。みんなにも励ましてもらえましたし、将永や5人目のキッカーの(米谷)壮史にしっかり託したので、『もう仲間を信じて祈るだけやな……』と」。

 直後のPK。市立船橋4人目が蹴り込んだキックは、鈴木がこの日2本目となる圧巻のセーブ。小林の祈りに逞しく応える。決めれば勝利となる青森山田5人目のキッカーは、ストライカーのFW米谷壮史(3年)。たっぷりと間合いを取って放ったキックは、GKが伸ばした手をすり抜けてゴールネットを揺らす。

「将永がしっかり止めてくれて、壮史もしっかり落ち着いて決めてくれて、本当に良かったです」。決勝進出が決まった瞬間。その場に立ち尽くしていた小林の心の中には、大きな安堵の気持ちと、チームメイトへの感謝が交錯する。みんなが次々と声を掛けてくれたことで、ようやく喜びの感情が湧き上がってくる。いつもはふざけてばかりのチームメイトが、やけに頼もしく見えた。


 ついに辿り着いた選手権の決勝戦。中学入学と同時に大阪から青森へと身を投じ、苦しい6年間をみんなで乗り越えてきたのは、すべてこの最後の1試合に勝つためだ。

 この人は“持っている男”かもしれない。今季のプレミアリーグは21試合に出場して2ゴールをマークしているが、1つは首位攻防戦となった川崎フロンターレU-18戦で、もう1つはプレミアEAST優勝を成し遂げた最終節のFC東京U-18戦で記録している。

 幸か不幸か、10月に痛めた左肩がまだ万全ではないため、それまで務めていたロングスローワーの役割は、DF小沼蒼珠(2年)が担っている。「アイツは飛ばし過ぎですから」と笑いながら、「肩もまだちょっと痛いので、そこは蒼珠に任せて、自分が中で決めたいなという感じです」と冗談めかして続けたが、このムードメーカーは優勝を手繰り寄せるゴールを、間違いなく狙っているはずだ。

「決勝でも自分の武器である走力というところはしっかり発揮して、絶対に出し惜しみせずに、最初から飛ばして、攻守にわたって献身的に、チームのために戦いたいです」。殊勝な言葉の陰に携えた、『決勝の主役』への意欲。自らの失敗をチームメイトに救ってもらった感謝を抱く小林が、大一番で大会初ゴールを叩き出し、日本一のヒーローの座をさらわないなんて、誰にも言い切れない。

(取材・文 土屋雅史)

●第102回全国高校サッカー選手権特集
土屋雅史
Text by 土屋雅史

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