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ゴールに、PK成功に、国立競技場のピッチ。市立船橋DF佐藤凛音はやり切った最初で最後の選手権に「本当に楽しかった」「1つの悔いもない」

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大会屈指の右サイドバック、市立船橋高DF佐藤凛音(3年=鹿島アントラーズつくばジュニアユース出身)

[1.6 選手権準決勝 市立船橋高 1-1(PK2-4)青森山田高 国立]

 それはもちろん最後の1試合まで戦って、みんなで優勝カップを掲げたかったけれど、全力でやり切ったから悔いはない。ようやく3年目で辿り着いた夢の舞台は、やっぱり最高だったから。

「本当に楽しかったです。これまでの大会と比べても観客が凄く多かったですし、一段階も二段階も雰囲気が違って、そういうものを感じることができたので、ずっと目標としていた大会にこういう形で出場できたことは、僕の人生にとっても凄く充実した経験になるんじゃないかなと思います」。

 名門・市立船橋高(千葉)のレギュラーを2年間にわたって務め上げた、スケール感あふれる右サイドバック。DF佐藤凛音(3年=鹿島アントラーズつくばジュニアユース出身)は聖地で戦い抜いた90分間の記憶を携えて、次のステップへと軽やかに踏み出していく。


 決勝進出を懸けて戦うセミファイナル。対峙するのは青森山田高(青森)。舞台は国立競技場。これ以上ないシチュエーションが、市立船橋に用意された。だが、立ち上がりからセットプレーを連続して奪われると、前半11分にはCKから失点。早くも追い掛ける展開を強いられる。

「プレミアでは2試合とも勝ち切れなくて、青森山田には少し嫌な意識があったのは正直なところで、もちろんセットプレーは自分たちも警戒していこうという話はしていたんですけど、最初のセットプレーで決められてしまって……」と佐藤が話したように、プレミアリーグEASTでも1分け1敗と分が悪かった難敵に、ストロングを生かされて喫した先制点。それでも、「連続失点せずに、全員で声を掛けて持ち直した」チームは少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 攻撃のアクセントになったのは、佐藤のロングスローだ。「去年から投げているので、『何とか1点入れば』という想いで、ずっと投げ続けていました」というそれは、相手のお株を奪うような飛距離の代物。インプレ―からはなかなかチャンスを作り切れない中で、得点には至らないものの、何度かその“投球”がフィニッシュシーンまで結び付く。

 青森山田が1点をリードして始まった後半は、お互いにチャンスらしいチャンスが生まれない流れの中で、市立船橋の右サイドバックは巧みに“布石”を打っていた。

「山田が裏に弱いというのは映像でわかっていた部分でもあったので、全部そこを使うのではなくて、内にドリブルしたり、パスを下げたりして揺さぶりながら、自分ができるだけ高い位置でボールを持って、相手のサイドバックやサイドハーフを混乱させたいという狙いがありました」。

 34分。右サイドで高い位置を取っていた佐藤は、MF足立陽(3年)からボールを引き出すと、躊躇なくラインの裏へ完璧なスルーパス。走ったMF太田隼剛(3年)の折り返しを、FW久保原心優(2年)がゴールへ流し込む。「ああいう良いタイミングで届けられたのは良かったのかなと思います。アレ、良いパスでしたよね(笑)」。佐藤の“アシストのアシスト”が飛び出し、スコアは振り出しに。そのまま1-1で所定の90分間は終了し、決勝への切符はPK戦で争われる。

 先攻の青森山田は3人が成功、後攻の市立船橋は1人が失敗した状況で、3人目のキッカーとして背番号2がスポットへと歩み寄る。下を向いて精神統一。顔を上げると、細かいステップを踏みながら、狙ったのは右。GKは左。ゴールネットが揺れる。安堵の笑顔を浮かべた佐藤。だが、4人目のキックも相手のGKに阻まれた市立船橋は、日本一を目前にしながら敗退を余儀なくされることになった。


 取材エリアに現れた佐藤は、思いのほかサバサバしていた。「結果としては負けてしまったんですけど、自分たちのやるべきことはやれましたし、出せる力は全部出し切れたのかなとは思っています。最後はPK戦という形で負けてしまったんですけど、もちろん誰のことも責めたりはしないですし、良い終わり方ではないかもしれないですけど、自分たちの中で後悔なく終われたのは良かったと思います」。

 中学時代は主にボランチが主戦場。高校入学直後の紅白戦で、いきなり右サイドバックで起用されると、その才能が一気に開花。1年時は県リーグで経験を積み、2年からはAチームで完全に定位置を確保して、プレミアでも躍動。リーグ屈指のサイドバックとして知られるまでに成長を遂げた。

「1年生の時も、2年生の時も、『キツいな』とか『ツラいな』と思うこともあったんですけど、結局このメンバーと一緒にサッカーができたこの3年間は本当に充実していましたし、今から思えば楽しかったですね。それこそぶつかり合うこともあったんですけど、最後にはスタッフも含めて1つにまとまれて、この舞台で戦えたことは、本当にこれからの財産になると思うので、イチフナに入って、選手権でこういうプレーができたことに対しては、1つの悔いもないです」。

 過去2年は県予選で敗退。3年目でようやく出場が叶った。2回戦の帝京長岡戦では自らゴールも記録。憧れの国立のピッチでは得点に絡み、PKも決めることができた。充実の選手権が終わったいま、言葉の端々にやり切った清々しさが滲む。

 卒業後は法政大へと進学し、プロサッカー選手を目指すことになる。まっすぐな視線で言い切った言葉が印象深い。「この舞台で感じた改善点や経験を生かして、さらなる成長をしていかないといけないですし、自分は小中高と日本一を達成することがまだできていないですけど、法政大は日本一を獲れる大学だと思っています。その中でもチームが日本一を獲るだけではなくて、個人としても選抜や代表にも顔を出せるような選手になりたいですし、大学での4年間も絶対に悔いのないように努力して、その先で日本代表になりたいです」。

 この仲間たちと切磋琢磨しながら過ごしてきた3年間は、必ず大きな自信の源になる。その最終章で体感した選手権の思い出を胸に秘め、佐藤は次のステップへと軽やかに踏み出していく。

(取材・文 土屋雅史)
土屋雅史
Text by 土屋雅史

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