beacon

[MOM929]筑波大MF高山優(3年)_有数進学校から一般で筑波へ…中学で描いた人生設計「筑波に行ってプロになる」

このエントリーをはてなブックマークに追加

[大学サッカー・マン・オブ・ザ・マッチ]
[12.10 インカレ2回戦 筑波大2-1鹿屋体育大 AGFフィールド]

 前所属チームに強豪Jクラブの下部組織の名前が並ぶ筑波大のメンバー表の中で、「筑紫丘高校」の表記がひと際目立つ。MF高山優(3年=筑紫丘高)がインカレ初戦のスタメンのピッチに立った。

 トップ下に入った高山優は序盤からボールタッチを増やしてゲームに参加。セットプレーではキッカーを担い、チャンスに絡んでいく。すると前半30分には高山優の蹴った右CKの流れからDF福井啓太(3年=大宮U18)の先制弾が生まれた。

「立ち上がりからボールフィーリングがあったし、キックのところで持ち味を発揮できたと思います。気持ちの部分でもインカレにかけている。徐々に試合に出る機会も増えてきているので、いいコンディションで臨めていると思います」

 福岡県にある筑紫丘高校は、県内有数の進学校。同校HPの進路実績をみると、九州大学に毎年70人超、東京大学や京都大学にも複数人の合格者を出している。

 高山優も筑波大には一般受験で入学した。地元の福岡県では中学までクラブチームのバディフットボールクラブ福岡に在籍。そのままサッカーで強豪校に進学する選択肢もあったというが、「身体ができていなかったので、これだったら埋もれてしまうと思った」。そこで、「筑波大に行って、プロサッカー選手になる」ことを考えて、進路選択をすることにしたという。

「筑波に行くために高校を選びました。サッカーも入学する前の先輩たちが熱量を持って練習をしていたので、ここでやり続ければ、サッカーも勉強も保持したまま大学に進めると思いました。でも実際は県大会に行けたらいいなというチーム。でもそこでみんなをやる気にすることを学べましたし、3年間やり続けた結果が、こうして今に繋がっていると思います」

 高校1年生のころの学業成績は「平均以下だった」というが、高校2年生の時にクラスメイトになったサッカー部の同級生が、東京大学を目指していることに発奮。負けず嫌いの性格もあって、定期テストは常に上位3割をキープするようになったという。

「筑波でサッカーをするために3年間を注いだ。常に勉強のモチベーションになりました。受験するときは受かるなという自信はありました。高校の同期はもう誰もやっていないけど、みんなサッカーが大好き。メンバーに恵まれたなと思います」

 晴れて憧れの筑波大蹴球部に入ることが出来た高山優だが、最初は「このままだと4年間でトップに上がれない」と衝撃を受けたと振り返る。ただ最初は当然Bチームからのスタートだったが、「毎日グラウンドに通ったし、同期の中でも1位、2位を争うほど努力をした」。その結果、昨年は1、2年生で戦った新人戦で日本一を経験すると、昨年度のインカレ初戦で初めて、トップチームでの出場機会を掴むことが出来た。

 そして今季はリーグ戦でも出場機会を掴むと、前期と後期の拓殖大戦でいずれも後半アディショナルタイムに劇的な決勝点を記録。勝負強さも見せつけている。「一般で入学してきたけど、推薦組にどんどん割って入っていけるようなモチベーションでやってきた。今やっとトップで出られるようになったので、一般生の気持ちを背負ってやっています」。

 大学では現在、経営を学ぶ研究室にいる。「学校体育からスポーツ界の格差問題を考えたりする研究室で勉強しています」。プロサッカー選手になるという夢が揺らぐことはないが、人生の視野は広がっている。「プロになりたいのはもちろんだけど、今までスポーツを知らなかった人にスポーツの楽しさを知ってもらいたい。スポーツをしない人がいない世の中になればいいのかなという希望があります」。志は大きく。名門校育ちの“雑草”は、サッカーを通じた努力を続ける。

(取材・文 児玉幸洋)
●第72回全日本大学選手権(インカレ)特集
児玉幸洋
Text by 児玉幸洋

TOP