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町田・黒田監督「この30年は無駄じゃなかった」高校サッカーから転身1年目でJ2制覇、プロでも示した手腕

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歓喜のサポーターに迎えられた黒田剛監督

[10.29 J2第40節 町田 1-0 金沢 Gスタ]

 高校サッカー界からJリーグに挑むという異例の転身表明から約1年、元青森山田高黒田剛監督が就任初年度のFC町田ゼルビアをクラブ史上初のJ1昇格・J2優勝に導き、確かな手腕を証明した。29日、ホーム最終戦での優勝セレモニーを終えた後、異色の指揮官は青森で過ごした高校サッカー生活への感謝を口にした。

「29年前に右も左もわからず、出身地の札幌から青森に飛び込んで行って、もちろん苦労もしたし、18人の部員から始めたので、自分でもまさかのこんなところに立っているとは想像もできなかった。ただ、いろんな先生方、またはいろんな取り巻きの中で育てていただき、経験させていただき、何よりもかわいい教え子たちと出会い、そこで培ったもの、または学んだことがいま振り返るとたくさんある。その30年の歴史の中で学んだこと、経験したことが今年1年に全て集約されたような感じでもあり、そこで経験したことが今年、FC町田ゼルビアというチームにうまく還元できたなとも思う。やはりこの30年は無駄じゃなかったし、青森で応援してくれている方々がいたからこそ今回の結果に結びついたと思う。すごく感謝しています。ありがたい気持ちでいっぱいです」

 昨年10月24日、町田は黒田監督が28年間にわたって率いた青森山田高から同年度限りで退任し、新監督に就任することを発表。高校サッカー界で7度の日本一に輝いた名将の転身は大きな注目を集めた。

 その一方、近年では他に例のない挑戦。Jリーグファンを中心に、高校サッカー選手を鍛え上げた手腕がプロサッカー界でも通用するのかという疑いの声も上がっていた。

 しかしながら、そうした意見は指揮官の耳にも入っていたものの、厳しい視線は転身を決めた時点で覚悟していた。むしろ、それらの声は新天地での新たなモチベーションの源になっていたという。

「自分の中で高校サッカーではある程度のところまで結果を出してきたが、果たしてそこで積み上げたもの、経験してきたことがプロの世界で通用するかどうかは私自身も不透明だった。またその力や通用するかしないかを疑う意見も多かったと思う。逆にそれが私のモチベーションとなり、パワーとなり、何がなんでも見返してやろう、ここで結果を出してやろう気持ちにさせてくれた。それも青森山田で監督としてやってきた28年間があったからこその気持ちだったと思う」

 高校サッカー指導者としての長年の経験だけでなく、同じ時期を教員として過ごし、数多くの生徒たちと関わり合ってきた経験は他のプロ指導者にはないもの。就任当初から理路整然とした記者会見で報道陣を驚かせていた黒田監督だったが、その対話力は選手とのコミュニケーションにも役立っていたという。

「教員としてやってきた分、人にものを伝えることであったり、選手たちに実践させること、そういった小さいことはプロになってもあらためて通用するんだなと感じ取れた。またその言葉を選手たちが受けて理解し、実践してくれたこと、それがこの1年の成果になったと思う。教員も含めて28年間、講師を入れると29年間、青森山田で諸先生方にいろんなことを教わり、いろんな体験をさせていただいたこと、その力がこうした結果をもたらしたと言えると思う。すごく感謝したい」

 また選手たちと関わる際には高校サッカーでの経験にすがるだけでなく、プロ仕様のチューニングも同時に行っていた。

「やはりサッカー選手、サッカーというものを職業としている選手たちなので、育成年代とは違う。守るべき家族がいたり、自分の人生をかけて飛び込んだ職業ということで、私としても選手たちに寄り添いながら、彼らをリスペクトしながら接していこうということで、言葉もかなり選んだ。寄り添い方は高校生とは全く違う形になった印象がある」

 そうして感じたのはプロ選手たちの適応力だった。「高校生ほど一つの指示に反応が大きくあるわけではないが、高校生とは違うのは彼らがしっかりと理解し、即座に実践してくれること。そしてピッチ内で言われたこと、または求めていることを彼らが誠実にやってくれること。これは高校生の理解力ではなく、さすが大人、プロ選手だなと実感した」。シーズン序盤の上位対決では高校サッカー時代に考案しながらも、選手のスキルを踏まえて採用を見送っていたセットプレーで先制点を奪った試合もあったが、指揮官自身のビジョンがより高いレベルで表現できたという手応えもあるようだ。

 さらに高校サッカーとは違い、起用できる選手の幅が広がるのがプロの世界。シーズン途中にはエースとして期待されたFWエリキの長期離脱、オーストラリア代表での活躍が続いたFWミッチェル・デュークの代表招集、ルーキーFW平河悠の世代別代表入りなど中心選手を欠く試合が続いて「すごくストレスがあったり、歯がゆい感情もあった」というが、そこに補強した戦力を次々とチームに組み込んでいく手腕も光った。

 そんな激しい競争の裏にはマネジメントの難しさもつきまとうが、指揮官は選手たちの姿勢に賛辞を惜しまなかった。

「1年間を通じてかなり多くの選手がピッチに立ったと思うが、その中でメンバー外の選手が口を揃えて言っていたのは『昔の俺だったらここでいじけたり、愚痴を言ったり、頑張らない自分がいたかもしれないが、今年は違う』ということ。今年はメンバー外であっても自分たちみんなで戦っている、そんな気持ちを仲間同士で共有できるし、それに関してマイナス思考を持つ選手がいなかった。また何試合か出られなくても、次に出られるタイミングで絶対に活躍しようという気持ちがヒシヒシと感じ取れた」

 そうして掴んだJ1昇格とJ2優勝ゆえに「全員で勝ち取った優勝、 J1昇格だということを全員が自覚できた」と胸を張った黒田監督。「クラブ全体、フロントも含めた全ての人たちが一枚岩となって、この目標に辿り着くためにみんなが尽力してくれた。それがこういう結果を導いたのだと思う。もちろん選手たちをはじめ、スタッフ、フロント、スポンサーやファン・サポーター、みんなの勝利だと思う」とチームの一体感に感謝した。

 それでも指揮官はこの1年間での成果に満足することなく、すでに前を向いていた。「歴史的な1ページを刻むことができたこと、新しいステージであるJ1で新しく勝負ができることを本当に嬉しく思う。我々のスタートが今日だというふうに選手たちも話していたが、今日のスタートで一気に来年、FC町田ゼルビアという名前をJ1のステージに轟かせられるように頑張っていきたい」。高校サッカー界で示してきたのは継続的なタイトル実績。次はJ1の舞台でその手腕を発揮していく構えだ。

(取材・文 竹内達也)
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Text by 竹内達也

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