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就任14年目で成し遂げた全国初勝利の次は母校・国見との大一番。帝京五・植田洋平監督が「歴史的な一戦」に挑む

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就任14年目での全国初勝利に大きなガッツポーズを見せる帝京五高の植田洋平監督

[7.29 インハイ1回戦 広島国際学院高 0-1 帝京五高 カムイの杜公園多目的運動広場A]

 運命には抗えない。全国初勝利を挙げた次の試合で対戦するのは、自身が高校生の3年間を過ごした母校。望んでもそう簡単には叶わないような舞台を、教え子たちと手繰り寄せたのだ。こんなシチュエーション、燃えないはずがない。

「国見は全国大会で考えれば日本で一番優勝している高校ですし、名前も一番売れている高校かもしれないですけど、ハッキリ言って本気で勝ちに行きます。胸を貸してもらおうなんてまったく考えていないですし、絶対に勝ってやろうと思っています」。

 帝京五高(愛媛)を率いる長身の指揮官。植田洋平監督は母校を向こうに回して、一世一代の大勝負へ堂々と、胸を張って、挑む。

「もうとんでもなく嬉しかったですよ。全国で1勝するなんてことは、もうとんでもないことですから。本当に嬉しかったですね」。思わず声のトーンが1つ上がる。広島国際学院高との“初出場対決”を制したばかりなのだ、無理もない。

 苦しい試合だった。前半から攻められ続け、決定機も作られ続ける。凌いで、凌いで、それでも崩壊寸前の状況を見て、決断した。「スタートは4-4-2で行きましたけど、当然3-5-2や5-4-1というフォーメーションも練習はしていて、『どうしても耐えられそうにないな。このままじゃ負けるな』と思ったので、後半でやる前に1回慣らそうと、前半の最後の方で3-5-2にしました」。

 劣勢を強いられ、それでも0-0でハーフタイムのベンチに帰ってきた選手たちを見て、植田監督には確信めいた想いが湧いていた。「広島国際さんも前半のうちに絶対に1点は獲っておかなければいけない中で、獲れないということは、絶対的な自信があったわけではないのかなって。前半をゼロで終われたので、『こういう流れだったら後半は行けるかもしれないな』という手応えはありました」。

 後半14分。ようやく掴んだ初めての決定機で、帝京五が先制する。セットプレーの流れからDF鈴木聖矢(2年)の“当たり損ね”のキックが、ゴールネットへ吸い込まれたのだ。「もう帝京魂としか言いようがない、『蹴ったのか?当たったのか?』ぐらいのシュートでしたね」(植田監督)。それはまさに執念の結晶のような一撃だった。

 以降も攻められてはいたものの、守備陣は自信を持って跳ね返す。タイムアップのホイッスルが聞こえた瞬間、指揮官は大きなガッツポーズを両手で作る。1-0。耐えに耐えた帝京五の選手たちは、全国初勝利をその歴史の1ページへ力強く刻むことに成功した。



 植田監督が帝京五の指揮官に就任したのは2009年。30歳で帰ってきた高校サッカーの舞台。文字通りイチから築き上げたチームは、2015年に初めて高校選手権で県予選決勝へと勝ち進んだが、1-9で大敗を喫したことで、大きなチームの方向性の変化に着手する。

「ちゃんと段階を踏んできたんです。たとえば就任してすぐに関東の選手を呼んできたら、もっと早く勝てたかもしれないですけど、そうしたら愛媛の方々が認めてくれなかったかもしれないですよね。だから、決して上手ではないかもしれないけど、頑張れる愛媛の子たちを集めて、決勝まで行って、そこで1-9で負けましたと。それで『愛媛県の皆さん、わかってくれますよね。ここから先に進んでいきたいから、僕は関東から選手を呼びますよ』と」。

 就任13年目に当たる昨年度の高校選手権で、とうとう県予選を制して悲願の全国切符を手繰り寄せたが、初戦の盛岡商高戦は先制しながら、無念の逆転負け。ただ、初勝利には届かなかったものの、その経験は確実に生かされていた。

「その時に出ていたメンバーが今日も7,8人いたんですよね。やっぱりその経験値が大きかったんじゃないかなと。『先制したけど、そこからオレらは選手権で失敗したよね』という経験があったので、粘り切るためのスタミナは一応完備していました。やっぱり全国大会は1-0で勝つというのが目標ですから」。

 つまりはここでもちゃんと段階を踏んできたというわけだ。だから、就任14年目での全国大会初勝利にも「そういう手順を通っているので、この1勝が遅かったかなとは思わないです。まあ、こんなもんかなと」というのが正直な感想だという。さすがに勝った瞬間はメチャメチャガッツポーズしていたけれど。

 全国初勝利の次に待っているのは、運命の“再会”だ。2回戦の相手は国見高。高知から単身で進学し、濃密な高校生活を送った母校と刃を交えることになる。植田監督は高校3年時の京都インターハイで、エースとしてチームを牽引。最後は元日本代表の中田浩二擁する帝京高に敗れたものの、ベスト4まで勝ち上がった。「インターハイはその時以来だから、26年ぶりですよ」と笑った表情には、40代の渋みが滲む。

 選手たちも、この試合の意味は十分に理解している。キャプテンのDF宮島柊汰(3年)は「植田先生もこの戦いを楽しみにしているはずですし、国見に勝って上に行くことが、植田先生にとって一番嬉しいんじゃないかなと思うので、絶対に明日は勝ちたいです」と話し、殊勲の決勝弾を記録した鈴木も「相手は植田先生の母校なので、植田先生の株が上がるような試合をして、また僕がヒーローになりたいです」と言い切った。

 改めて大一番への想いを、植田監督はこう明かしてくれた。「相手の監督も自分の2つ下の木藤(健太監督)で、総監督も選手権の優勝キャプテンだった先輩の内田(利広)さんがやられていますし、当然国見の応援の方々の中には僕のことを知ってくれている方もたくさんいるので、そういう中で明日は“歴史的な一戦”にしたいと思っています」。

 定められた運命には抗えない。母校を向こうに回した、一世一代の大勝負。帝京五にとっても、植田監督にとっても、間違いなく『歴史的な一戦』が、いよいよ幕を開ける。



(取材・文 土屋雅史)
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