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父はJリーグ史に残る『魂の右ウイング』。東京VユースGK佐藤翼が一歩ずつ進み始めた『ヴェルディの守護神』への道

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ファインセーブを連発して勝利に貢献した東京ヴェルディユースGK佐藤翼(2年=東急SレイエスFC U-15出身)

[10.1 高円宮杯プリンスリーグ関東1部第14節 健大高崎高 1-2 東京Vユース 高崎健康福祉大学高崎高校サッカー場]

 逆サイドのゴール裏で試合を眺めていた観衆から、驚嘆の声が聞こえてくる。「あのキーパー、ヤバくない?」「また止めたよ!凄くない?」。そう言いたくなるのも無理はない。だって100メートル近く離れた場所からでもわかるくらい、その躍動は一際輝いて見えたのだから。

「手応えは、正直ありますね。前半は何本もセーブが続いていて、『今日はやれるぞ』という気持ちはありましたし、最後まで集中を切らさずに声を出し続けてやれたのは良かったと思います」。

 再三に渡ってファインセーブを披露し続ける178センチの体躯が、とにかく大きく見えた。東京ヴェルディユース(東京)の新守護神。GK佐藤翼(2年=東急SレイエスFC U-15出身)の驚異的なパフォーマンスが、この日の貴重な勝利を引き寄せたことに疑いの余地はない。

「前半は『苦しかった』の一言に尽きますね」という佐藤の言葉は、チームの共通認識だろう。ホームチームの健大高崎高(群馬)は、前半からアグレッシブな前へのパワーを前面に押し出してラッシュ。それに対して、東京Vユースはなかなかボールを動かし切れず、まともに相手の攻撃を食らい続けてしまう。

 28分。まずは右サイドの至近距離から放たれたシュートを丁寧にセーブ。29分。今度はCKから、完璧なヘディングを右スミへ打ち込まれたものの、信じられない反応で弾き出してみせる。さらに30分。今度は左サイドから対角に飛んできた際どいシュートも、身体を倒してビッグセーブ。3分間で3度も訪れた決定的なピンチを、緑のゴールキーパーが凌ぎ続ける。

 45+1分。今度は右サイドから上げられたクロスに、相手がヘディングで合わせたボールがゴール左スミを襲うも、佐藤は横っ飛びでファインセーブ。信じられないようなプレーを連発した背番号12の好守で、東京Vユースは何とか前半を無失点で乗り切ることに成功する。

 実はこの日の佐藤は、並々ならぬ意欲を携えていた。前節の三菱養和SCユース戦では、自らのミスでオウンゴールを献上していたからだ。

「一応勝ちはしたんですけど、自分のミスで失点してしまったので、少し喜べないというか、試合の次の日は正直へこみましたね。だから、今日の試合はその借りを返す意味でも、『絶対に自分が声を出し続けて、リーダーシップを取ってやるぞ』という気持ちは持っていましたし、養和戦のミスは絶対繰り返さないように、ハッキリやるところはハッキリやりつつ、『自分が防いで勝つぞ』という気持ちは持っていました」。

 チームを率いる薮田光教監督も、佐藤の気持ちは十分に理解していた。「本人も凄く落ち込んで、悔しい思いをしてきた分、この試合に向けての1週間はいつも以上にやってくれたのが、今日は成果として出たと思います。練習から良かったですから」。その経緯の中での、好守連発だったというわけだ。

 試合は後半に入って先制した東京Vユースが、いったんはセットプレーの流れから同点に追い付かれたものの、きっちり勝ち越し点を奪って、2-1と勝利。「前半はずっと攻められていて、正直ウチに得点の匂いはなかったので、実感はあまり湧かないですけど、しっかり勝てたのは本当に良かったと思います。」という佐藤のマン・オブ・ザ・マッチ級の活躍が、チームに貴重な勝ち点3を力強くもたらした。

 その顔立ちには、偉大な父の面影が浮かぶ。若き緑の守護神を託されている佐藤の父は、現在FC東京のトップチームで指導に当たっている佐藤由紀彦コーチ。正確なクロスと、魂を感じさせるプレースタイルで、Jリーグきっての『右ウイング』として名を馳せたレジェンドプレーヤーだ。

「父は僕のプレーがあまり良くなかった時にアドバイスをくれたり、試合の前の過ごし方も教えてくれたりして、そこは本当に勉強になりますし、もちろん父のプレーも見てきたので、父のようなプロサッカー選手になれるように頑張りたいなと思っています。父も仕事があるので、そこまで頻繁に話す機会はないですけど、話す時は基本的にサッカーの話をしていますね。でも、ウイングはまったくやろうとは思わなかったです(笑)」。もちろん父から子が学ぶことは少なくないが、ポジションはまったく違うのも興味深い。

 薮田監督も佐藤を巡る不思議な“因縁”を、笑って明かしてくれる。「僕はユキと同級生なんです。中学生の頃も僕は読売クラブで、彼は東海第一中学校で対戦したり、ユース代表にも一緒に入ったりして、仲良くしてもらってきたので、なんか不思議な感じはありますよ」。“友人の息子”と、“父の友人”が同じチームで共闘するというのも、やはりサッカーの面白いところだろう。

 実はヴェルディには一度『落ちて』いるという。

「小学生の頃にヴェルディのセレクションを受けたんですけど、全然ダメで、それが本当に悔しくて、お母さんにお願いしてGKのスクールにも通わせてもらったので、それには凄く感謝しています。それで中学生になってからスカウトという形でヴェルディに声を掛けてもらって、練習参加に行った時に『このチームがいいな』と思ってすぐに決めました。自分はJリーグの下部組織に行けるとは思っていなかったですし、ヴェルディが僕のことを拾ってくれたのは本当に嬉しかったですけど、まさか一度落ちたチームに来るとは思っていなかったですね」。

 だからこそ、このチームに対する想いには一際熱いモノを持っている。「今の一番の目標はプレミアに上がることですし、まだ失点ゼロで終わった試合がプリンスリーグではないので、個人の目標としては練習から味方との連携を高めて、ゼロで試合に勝ちたいと思っています」。

「僕は苦しい時でも声を出して、チームを助けられるような部分や、仲間を盛り上げて良い方向に持っていけるのが強みだと思うので、自分の特徴でもある声を出し続けて、チームを良い雰囲気に持っていけるような選手になりたいです」。

 その確かな人間性は、気持ちのこもったプレーにも、丁寧な会話の端々にも窺える。東京Vユースの最後尾を任された17歳。佐藤翼は頼れる『ヴェルディの守護神』への道を、一歩ずつ、着実に、前へと進み始めている。



(取材・文 土屋雅史)
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土屋雅史
Text by 土屋雅史

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